昭和40年07月07日 夜の御理解
信心が段々分からせて頂く様になると、人の信心をとやこう批判する様になる、信心の評論家になっちゃならん、信心の評論家っていうのはまだ聞いた事はないけれども、実際の上にはあるです。例によって毎月ですけれども、東京から稔さんが何時もあの歌舞伎の本を送って下さいます。昨日、付かせ、昨日から読みふけっておる訳ですけれど、本当にあの評論家の劇評というやつですね、というのは実に厳しい。
私共素人が見たらもう、素晴らしいお芝居、素晴らしい役者と。例えば、あの市川じゅかいなんかもう、82かになるお爺さん達の事やら、関西の仲間の、団十郎当りのもう素晴らしい名優と言われる人達の事を、もうちゃかんちゃかんに言ってますね、二束三文のごともう、もう年じゃけん、あげんとは見られん、是はじゅかいなんかのそれこそ、八十幾つのお爺さんが、二十歳時代の、青年をするのですからね、それはもう見られんところもありましょうね。
矢張り、けどそりゃほんとにその、矢張り批評家としては本当の事を言っているのですから。ところがですね、俳優はもうどんなに年を取りましても、その劇、評が甘い時には戒心が必要だと、いわゆるその愈々足元をしっかり踏み締めて行かなければならないと、これはお芝居だけの事ではないでしょうけれども、そんなに言うそうですね。だからその、甘い点が入っておる時なんかは愈々その用心しなければいけないと。
厳しく見られておられるときならばです、もう間違いなしにその高尚すると、どんなに年取とっても。ですから本当にその人からでも非難があったり、人から悪口を言われたりと言った様な時、だから問題はだからですね、例えばその名優達がですね、もう限りなき名優になろうと、精進努力を日頃しておるから、それはそれで受け止めてるんですよ。諸々の名優を、言わば仕方もない劇評家である記者達がです、あんな事言うてと言う風ではなくてですたいね。
もう本当によう悪口をいうて下さったと、そこの所をもういっちょ本気で精進させて貰おうと言う様な、言わば稽古をしょうという気がなからなければ、その様な受け方は出来ません。だから、その矢張り名優はいよいよ名優になって行くのじゃないかと私は思うですね。信心でもそうですよ。もう本当に矢張り椛目では皆さんが私の事をよういうて下さってもです、周囲からは例えば色んな非難があると、矢張りもう非難がなくなった時にはお終いじゃないだろうかと私は思うですね。
それは限りなし私がもう限りなくお徳を受けたいと、限りなく信心を進めて行きたいという願いを持っておれば持っておる程、その厳しい例えばその、評論家達の言葉をですいわゆる自分の信心の、磨きの材料にして行かなければならないと言う風に思って行くんです。問題は自分が本気で信心を進めていこう、という意欲があればですね、悪口を言われれば言われる程、馬鹿にされればされる程信心が進んで行くと。
おかげで信心が出来ますと言う事になって行くのである、桂先生が石橋先生にむかって「石橋さん、あんたんとこの息子は、馬鹿じゃな」とこう言われた、しかも満座の中で、なんと言う事を言われるだろうとと言わず、「親先生、おかげで信心ができます」と仰った。桂先生が持っておる杯をすぐ、「石橋さん、でかした」と言うてその杯をさされた、と言う事で御座います。
どうでも信心をさせて頂く者の姿勢というか、根性というか、姿勢がそういう姿勢であり、その中にそういう根性がなからなければないけないと私は思う、おかげで信心が出来ますと言う事。私が小学校のときにアレキサンドール大王と医師フイリッピかなんかというのが御座いました。読本です、皆さんたちの本にもあったんじゃないでしょうかね。大正時代の読本です。アレキサンダー大王が、七十幾つでしょうかね。
もう今度は難しかろうという大病を患ったその時、当時はですね、そういう素晴らしい、その名大王であったけれどもです、その大王の命危うしと言う様な事に成って来たら様々な、いわゆる分子がおってですたいね、二つにも三つも分かれた、家来達が、そこでそのそういう大病の大王の手を取って診察をしょうという医者がなかったと言う事です。何故かというと、一つ間違えて死にどんしたら、あれは殺し、毒を盛って殺したに違いはないと言われる事が火を見るより明らかだからなんです。
誰も辞退した、時に医師フイリッピがとに角死を覚悟して大王の脈を取り、大王の薬を盛った、と言う事で御座います。おかげをまあ、おかげっていうが、幸いにして助かった。けれども、もしこれが大王が助からなかったとしたらです、相手側の者から必ずあれは敵の回し者に違いはない、あれは毒をもって殺したというて、もうそれはもう磔になり殺され死刑を受ける事はもう間違いない様な事の中にもです。
いわゆる忠いうなら忠義な心でしょうかね、恩を思う救わねばおかんという医師としての立場からですたい、誰がなんというても本当の医者としての仕事を完遂したやり抜いたと。私は今の椛目にはですそういう人達、そういう精神の信者がなからなければ出来るというものじゃないだろうかと私は思いますね。誰がなんというても先日壮年部会のときに、秋永先生が本当に皆さんに頭を低うしてからお詫びをしていました。
もう本当に私がもうその自分の事のように思うてから、私はこっからですから充分に聞けませんでしたけれど。あんときあげなこつを言うちからと、皆さん気分が悪かったろうとあん時誰々さん、本当に腹かきなさったろうと、今から考えて見ると本当に自分が小さい事を感じますと、今度の御造営については本当に私も愈々信心にならせて頂いて、というてなら現在、今日こんな様で御座る壮年部の中心の方達にです。
本当に自分の片腕とも片足となって、手とも足ともなって協力して貰わなければ今度の御造営は出来るこっちゃないというて皆さんが協力して下さらんから、そんなら私はもう止めますと言う訳には今度の場合にはでけん、どうでも私は神様にお願いをしてでもこの誘致の役を努め抜かして頂かなければならんから、皆さんどうぞ悪かとこは私がお詫びいたしますから、どうぞ協力をして下さいちゅて詫びておりましたですね。
確かに秋永先生自身もです、大変過激な所があったり、矢張り人に凝りを積ませる様な事を言われたり、そこんところを自分でも非常に信心になって行かれよる訳です。ですからそこんところをです、カバーしながら、例えば副委員長の方達がです、今日は総代会ですから、総代さんが集まっておられるから申しますが、総代さん達ご自身がです、本当に委員長を中心にして副委員長としての御用がです。
銘々の立場において出来るおかげを頂かにゃならん。私だんどん言われんから、私はそれも知りもせじゃった、と言った様な事で、知りもせじゃった事の前に不熱心である事を先ず悟らせて頂いて、誰がなんというてもこの用はだけは勤め抜かせて頂いて本当の事の成就の事為にです、人がそれを誰がなんというてもです、まさか間違えば切腹もんであると言った様な事でもです。
医師フイリッピじゃないですけど、その位な、例えば信心がこの際なさらなければならないし、日頃やむにやまれぬ思いで信心を進めて行こうと、本気で信心を進めて行こうという願いが在るならばです、例えまあ悪口を言われても、その今日私が劇の雑誌を見てから思います様にです、それこそ、ああいう名優の事こう言う風に悪く言うておる、悪く言うほど悪かろうごとあるけども、その役者にとってはです。
だからこそ芸が落ちない、だからこそ芸が進むんだ。と言う風に頂いておる様にです、ここんところをそれを信心で、又信心をそう言う風にして身に付けて行く信心を進めて行こうというです、願いがなからなければならんじゃないだろうか。今日又あの手紙が今日は二通一緒に来た。というのはこの若林さんという東京の方なんです。ここに壱岐に教会を訪ねて来て一遍ここにお月次祭を始おかげを頂いて、それ以来というものは、ずっと私に手紙出しどうしなんです。
所がそん、沢山内容も書いてあるんですけれども、便箋三枚も四枚も書かれるんです。所が私がこれを読みよると頭が痛うなるとです。分からん全然久保山先生に呼んで貰っても、久保山先生も分からん、誰れん読み切らんです、これが実に達筆なんです。してから、ところどころ文章なんかでも、そら素晴らしいそれこそ文学的な文章を使ってから、もうお婆さんの割合には、けれどもその、とに角分からんです、だから私は、これを封を切ってから、お初穂だけを抜き出して。
何時もそれでお供えさして頂いてから、だから一辺だけ手紙でいうてあります、あなたがああしてもう沢山手紙を書いて、よこして下さるけれど、私がそれをどうしても読めないって、だからその内容はひとっつも解らないけれども、神様にだけお取次ぎをさせて頂いておるというて私がお話、あのいうておったんですけれども、まあそれでよいというんでしょう、もうとに角もういっぱい書いてみえるんです。
それでやっぱ、おかげを受けるからなんでしょう、度々お初穂が二百円、三百円じゃあるけれども入っております。これは二、三日前に聞きましたら、今日は、二つ包み来てあるんですね。こういう所からみてもですたいね、いかに信心でいうそのおかげというものは、その一心に縋ると言う事、内容が解らなくても、例えばご造営成就の事に付いてでもです、私がそんな知らじゃったとか、ああじゃったとか言った様な事沢山あろうけれど、知らじゃったっちゃよかちゅう事です。
問題は神様の神ながらの大きな動きがです、是は私自分自身の体の事に付いて是は何時も実感する事なんですけれど、皆さんもご承知の様に夕べはもう五体全体が動かなかった。今日は嘘の様に体が軽いしかもそういうおかげがです、もうとに角そうタイミングようというか、一昨日であってはいけなかった。その前の日だったらなお出来なかった。飯塚行きね隣接教会行き、昨日なんでもない時に体がいよいよ五体動かなかった。
なんと言う素晴らしい神さのご神意の中にこう言う事があっているだろうか、と思う位ね、そういうものです、もう嘘の様なおかげをです、椛目全体の上に現れているのであり頂いてあるのだと言う事、だから私共、なんも知らなかったっていいのだと言う事、問題はならご造営ならご造営、十五年の記念祭なら記念祭がです、どうぞ神ながらのおかげを頂きます様に、まあどうとかなろたいという考えじゃなくってです、その人の持場立場で一生懸命の思いと真心とをです。
それによって信心を進めさせて頂く所の精神とはです、ひとつになって黙って祈って行くと言う事でです、おかげを頂くと言う事が分かるでしょう。そこんところの私は祈りを持たして頂ける総代さん幹部、私は本当に皆さんの信心がです、椛目の例えば神様が仰る様にです、今度という今度の御造営には、もう椛目のもうそれこそ信心に継ながっておる者、みんな使えと仰るんです。誰でもかれでも。これはこんな人には言わんでもよかろうと、でもいうて置けと。
もう誰でも彼でも使うとこう仰る。ですからピンからきりまでの人が言わば使われる事なのですから、いや使おうというのですから、総代さんたるもの、皆さんに日々ご苦労さんですと、皆さん有難う御座いますと、例えて言うならば、私に代わり委員長に代りね、お礼言う通しにいうて頂く様な信心が私は欲しいと思うです、そういう信心こそが大体は、本当の信心というのじゃなかろうかと。
そこにです、本当にうちの総代さん方には頭が下がるというて下から押し上げられる所の総代さんにならなきゃいけないと言う事。上に高く止っておるそれだけじゃ詰らん。一番下から一番めぐりの深い私共が、という自覚からです、この事に焦点を置いて信心を進めさせて頂、そしてピンからキリまでの人達にお神様が使うと仰るのであるから、いや使われておいでであるのであるから。
より皆さんご苦労さん、と言う様なものが実感としてです、出来るような信心を進めて頂きたい。今度の御造営でです、所が秋永先生がです。本当にこの御造営で私もおかげを頂いた、こげんするこつがほんなこつのごつ思っとった事柄がです、ま一遍是は本気で改まらなきゃいけんと気付いたと言う様にです、銘々がですこの御造営に直接大きな御用をさして頂かなければならない人達であればある程にです。
今度の御造営によって、信心が一回り大きゅうなったと、信心が成長したと言う様なおかげを頂かなければならない。まあその中心になる所の私自身もです。私の体の上に現れて来る不思議な、神様の働きがそのまま御造営なら御造営にもです、それと同じ様な意味合いにおいて、まあどうにもこうにも出来ん様な働き、今度の教会所設置願いのあの、その問題だって本当にこちらが頭を低うして親先生のお願いに行って、どうぞお願いしますというてお願いしなければならない事が。
反対に先生の方達がああやってから、やあやあ言うてして下さらなければならない様な、しかもなんともかんとも言えん不思議な働きの中に、あっておると言う事を考えただけでも神様の働きの中にある事が分かるでしょうが。一時が万事そういう働きの中にあるので御座いますから、そういう信心を進めて行く所のおかげ、そういう信心を分からせて頂こうと意欲させて頂かれる所からの総代会で、あるならばです、いよいよ有難いおかげが頂かれるのだと私は確信致します。
どうぞよろしゅうおかげ頂きます様にお願い致します。